マンションは、管理組合や管理会社、区分所有者など多くの人々がその管理維持に関与しています。これらの関係者内、あるいはこれらの関係者と第三者とが法的紛争関係になってしまうケースも多く、解決策に頭を悩ませているというマンションもあるかもしれません。そこで今回は、そのような法的紛争になったもののうち、裁判所で争われた事案について、実際にどのような内容で、どのような判決が出されたのかを、「その1」として解説していきます。
マンションの管理に関する近時の裁判例 その1
築30年を超えてようやく管理組合が発足したマンションにおいて、マンション管理組合が、マンション管理会社に対し、滞納管理費等請求訴訟を提起しなかったことにより管理費等の支払請求権が時効消滅したとして損害賠償請求をした事案(消極)
(東京地方裁判所令和3年11月19日判決)
事案の概要
当事者
原告は、昭和55年に新築された本件マンションの管理組合であり、平成30年8月25日に発足しました。これに対し、被告は、昭和55年当初から本件マンションの全区分所有者との間で管理委託契約書を取り交わし、以後、平成30年9月30日までの間、本件マンションの管理業務を行ってきた管理会社でした。
平成30年にマンション管理組合が発足して改正されるまで、本件マンション管理規約(以下「本件規約」といいます。)には、「管理会社は、法律および規約に定める事項に違反する専有者または特定および包括承継人ならびに占有者に対して違反行為の是正、停止、もしくは排除を求めるため裁判所に提訴することができる。」という提訴についての定めがありました。
このマンションでの区分所有者が支払うべき管理費及び修繕積立金(管理費等)は、平成30年9月までに総額4216万3868円にも上る滞納があり、支払期から5年の経過しているために消滅時効が成立している部分も2141万6100円となってしまっていました。
本件の争点
本訴訟の争点1は、「被告であるマンション管理会社は、区分所有法上の管理者に当たるか」という問題、そして争点2は「マンション管理会社が管理委託契約書における提訴についての定めに基づいて管理費等の滞納者に対して提訴しなかったことが善管注意義務違反となるか」という問題でした。
判決要旨
上記2つの争点に対し、裁判所は以下のとおりの判断をしました。
(1)争点1について
裁判所は、
「そもそも、管理者は、その職務に関して区分所有者のために訴訟を追行することができるとともに(区分所有法26条4項)、その義務を負う(同条1項)ことから、本件規約に、被告を管理者とする旨の「別段の定め」(同法25条1項)があると解することができるかどうかが問題となる。」
とした上で、
「被告(マンション管理会社)を区分所有法上の管理者とする旨の明文の定めはなく、被告がその管理業務に関して区分所有者を代理する権限を与えられている旨の定めはない。」
とし、さらに、
「…本件規約は、管理会社が専有者による共同の利益を損なう行為あるいは共同生活の秩序を乱す行為に対して差止めを請求することができること、管理会社が専有者に対して有する共用部分に関わる債権について先取特権を有すること、建物の共用部分を対象とする火災保険契約を管理会社名義で締結すること、管理会社が違反行為の是正、停止若しくは排除を求めるため裁判所に提訴することができることなどを定めているものの、これらの規定は、被告がその職務全般に関して区分所有者を代理する権限を与えられていることを意味するものではない」
として、仮に管理会社に各種権限を認めていたとしても、
「被告が区分所有法上の管理者である旨が定められていると解することはでき」ず、本件規約において、被告が本件マンションに関して区分所有法上の管理者に選任されていると認めることはでき」ない、としました。
(2)争点2について
次に、争点2については、
「業務委託費それ自体は被告が行う通常の管理業務への対価と解されるから、訴訟活動について対価の支払を受けないなど、…報酬を得る目的で…の要件を充足しない態様で、管理会社である被告が訴訟活動を行うのであれば」、非弁護士による訴訟活動等の法律事務を禁止する弁護士法72条に違反するものではないと解されるし、「弁護士代理の原則(民事訴訟法54条)や訴訟信託の禁止(信託法10条)の潜脱に当たるとも解し難い。」
としつつ、
「管理会社である被告が、本件規約30条に基づき、本件マンションの区分所有者全員又はその団体に帰属する未払管理費請求権を訴訟物とする訴訟活動を行うことが、任意的訴訟担当の一場合として許される余地があるとしても、かかる請求権をどのような態様で行使するかは、当該請求権の主体である区分所有者全員又はその団体がまずもって決定すべき筋合いのものというべき」
としました。
さらに、被告のマンション管理会社は、
「平成21年以前においても、区分所有者に対し、管理費等の滞納状況を含む会計についての報告を行っていた」が「本件マンションの区分所有者において、滞納されている管理費等について、訴訟の提起を含む何らかの措置を講じることを決定したり、被告に対し、これを促すなど」はしなかった、と認定しています。
これに対して、
「管理委託契約書…には、管理費等滞納者に対する督促に関して、①被告は管理費等の滞納状況を区分所有者に報告する旨、②管理費等の滞納があった場合には、最初の支払期限から起算して6か月の間、電話若しくは自宅訪問又は督促状の方法によりその支払の督促を行う旨、③上記方法により督促しても、なお滞納管理費等の支払が行われないときは、被告はその業務を終了する旨が定められていた」
とし、
「このような定めが置かれていることについて、区分所有者から何らかの異議が出された形跡はない」
としています。また、
「管理費等の滞納者に対して訴訟提起等の権利保全・実行手続を行うことにより、未払管理費等の実効的な回収が相応に期待できる状況であったことをうかがわせるに足りる証拠が何ら見当たらないことに照らすと、被告が、本件規約30条に基づいて滞納管理費等の請求訴訟を提起しなかったとしても、これをもって、被告が、管理業務の受託者として課せられた善管注意義務に違反したと認めることはできない。」
として、提訴の権限を与えられていたとしても、それを行使しなかった被告の管理会社に、善管注意義務があるわけではないと結論付けました。
本裁判例のポイント
以上、この裁判例の要点をまとめると、以下のようになるかと思います。
☑区分所有法に定める「管理者」が誰であるかは、明文による定め(管理規約)が必要
☑管理会社など、マンション管理に関わる存在に幅広い権限を与えていたとしても、マンション管理組合がなすべき職務全般の代理権限を与えているとまでは言えないし、仮に与えていたとしてもその権限付与をもって管理者に選任したということはできない
☑管理会社が弁護士法等に違反することなく訴訟活動をすること自体は可能な場合があるが、マンション管理組合に帰属する権利をどのように行使するかは、マンション管理組合側が考えるべき問題である
☑管理会社が管理委託契約で滞納管理費等の督促などについてその業務の終期を定め、さらにその終期について管理組合側も異議を出していなかったこと、管理会社が提訴等すれば未納管理費等の回収ができたはずなどといった事情がなかったことからすれば、管理会社には提訴をしなかったとしても善管注意義務違反は認められない
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