建物の賃借人が賃貸人に対し、耐震補強工事を求めた場合、賃貸人はどのように対応すればよいでしょうか。賃借人の要求が認められるか、また、実際に大地震が起き場合の賃貸人の責任はどうなるかという観点から考えてみたいと思います。
1 耐震補強工事の要求
建物の賃借人から、地震が発生した場合、建物の耐震性に問題があるとして、補強工事をするよう求められることがあります。この場合、どのように対応したらよいでしょうか。。
2 判例の事案
このような場合について判断をした、京都地方裁判所平成19年9月19日判決を、まず検討してみましょう。
⑴ 事案
Yは、京都の鴨川沿いの建物で川床料理を中心とする料亭を経営してきたが、店舗を一時休業して旅館として建て替えることを検討し、建築士に相談したところ、建築士からXを紹介された。Xは、ウィークデーはレストラン、週末はブライダルの会場として使用するレストランクラブの運営を行っている会社である。
Xは、建物の持つ和の雰囲気を気に入り、Yに対し、建物を建て替えることなく、レストランクラブ運営に適するように改装し、ブライダルレストラン事業を行いたいとの申出をした。そこで、Yは、建物の改装工事を行い、Xはレストランクラブをオープンした。
ところが、その後、Xが耐震調査を行ったところ、建物の構造上耐力が不足しており、大地震時には建物に深刻な被害が予想されることなどが判明した。そこで、XはYに対して、大幅な修繕工事をするよう要求した。
なお、建物の古い部分は、築80年を超えており、全体として建築基準法にいう既存不適格建物である。
⑵ 裁判所の判断
賃貸借契約における賃貸人は、目的物を賃借人に使用収益させる義務を負っており、また、その当然の結果として、目的物が契約によって定まった目的に従って使用収益できなくなった場合には、これを修繕すべき義務を負う(民法606条1項)。
そして、この修繕義務の内容は、契約内容に取り込まれていた目的物の性状を基準として判断されるべきであり、仮に目的物に不完全な個所があったとしても、それが当初から予定されたものである場合には、それを完全なものにするべき修繕義務を賃貸人は負わないというべきである。
ところで、Xは、建物の持つ古い和の雰囲気を気に入り、Yに対して、本件建物を建て替えることなく、改装して、本件建物のイメージを壊さずにブライダルレストラン事業を行いたいとの申出をし、本件賃貸借契約を締結したものである。そうするとXは、建物が、古い部分は築80年を超えており、全体として、建築基準法にいう既存不適格建物であることは、当然認識していたと認められる。
したがって、Yには、賃貸借契約にもとづく修繕義務として、建物に建築基準法が定める構造耐力を備えさせるべき義務があるとは認められない。
なお、本件建物には、災害が起こらない時の通常の使用に対して構造上安全である程度には補強されていることが認められる。
3 検討
⑴ 賃貸人が修繕義務を負わないのはどのような場合か
要するにこの判例は、賃貸人が修繕義務を負うかどうか(耐震補強工事を行う義務があるかどうか)について、仮に賃貸借物件に不完全な部分があるとしても、その不完全な部分が当初から存在し、賃貸借契約の際に、その不完全な部分があることが、賃貸人と賃借人との間で予定されていた場合には、賃貸人は修繕義務を負わないとしたものです。ただ、もちろん、(災害ではなく)普通に使っていても安全性に問題がある場合は別です。
この判例の場合、多数の人が集まる店舗ですし(災害で倒壊などすれば被害が大きい)、また、簡単にほかに移転することもできないことから、賃借人も必至になって争ったのだと思いますが、借りる時点で十分に注意をしないと、後になって修繕の要求をするのは難しいこともあるということです。
なお、アパートなどの場合でも問題は同じで、たとえば、新耐震基準にもとづかない古いアパートを借りてしまったような場合、賃借人が、アパートの修繕をしろと要求するのは難しいですし、賃貸人もこれに応じる義務は原則としてないということです。
⑵ 大地震で、賃借人などに損害が生じた場合
ただ、注意しておかなければならないのは、修繕義務がない場合であっても、実際に大地震がおき、賃借人や賃借人の顧客に損害を与えた場合、賃貸人が損害賠償責任を負うことがあるということです。
たとえば、神戸地方裁判所平成11年9月20日判決は、阪神淡路大震災によってアパートが倒壊し、賃借人に死傷者が出た場合について、アパートの所有者(賃貸人)に対して、損害賠償責任を認めています(ただし、予測するが難しい地震だったということも考慮し、全損害額の5割についてだけ責任を認めています)。
このような場合、根拠になるのは民法717条の工作物責任です。工作物責任というのは、土地の工作物(建物も工作物にあたる)に瑕疵(欠陥)があった場合は、その所有者(賃貸人)は、過失がなくても(つまり、無過失でも)、損害賠償責任を負わなければならないというものです。
瑕疵というのは、本来その物が持っているべき安全性を備えていないことをいうとされています。
たとえば、建築基準法上の新耐震基準を満たしていない建物の場合、当然に瑕疵ありということにはなりませんが、その地域で想定される大地震に対しての耐震性がなく、実際に大地震が起きたときに、周囲の建物にはそれほどの被害がなかったのに、その建物については大きな被害が発生したというような場合ですと、工作物責任にもとづく損害賠償責任を問われかねません。
⑶ 修繕の考え方
結局、賃貸借物件の耐震性に問題がある場合、賃借人からの要求に応じて直ちに大規模な修繕を実施しなければならない義務がある、という場合は少ないかもしれませんが、もし、大地震が起きて賃借人などに損害が発生した場合には、賃貸人は損害賠償責任を問われる可能性が大きいということです。
耐震性に問題がある建物は、耐震補強をしておくことに越したことはありません。
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