紛争の内容
賃借名義人が死亡した場合の賃借目的物の明渡請求について
賃貸人地主の方は、大手企業に勤務する方に駐車場2台分を賃借していました。
令和4年7月末入金分から賃料の入金が途絶え、翌月分も未納でしたので、地主の自宅とは少し離れた地区の賃借人に賃料の支払いを催促しようと考えていたところ、賃借人は自宅で不審死したとの話を聞き及びました。
このような賃借人に対して、どのような手続きで対応すればよいかを相談に見えた方でした。
賃借人死亡とのことですので、相続人調査をし、判明した相続人に未払賃料催告をし、賃料支払ってもらうか、賃貸借の合意解約、これらが実現しなければ、相続人を相手取って駐車場の明渡訴訟、相続人が不存在の場合には、相続財産を被告として、訴訟提起し、訴訟追行のために、特別代理人の選任を求め、債務名義を得て、強制執行となると見立を説明しました。
交渉・調停・訴訟などの経過
(1)住民票調査の上、訴訟提起
依頼を受けて、賃借名義人の住民票所在地に、相続人調査のために、本籍地の表示付きの住民票を請求しました。
除票が交付されると予期していたところ、存命する住民の扱いの証である、住民票が交付されました。
依頼者には、賃借人は死亡してない(死亡の扱いを受けていない)と報告し、賃借名義人に宛てて、未払い賃料を催告する通知を内容証明郵便と特定記録付き郵便で発送しました。
内容証明郵便は、保管期間経過後に返送されましたが、特定記録付き郵便は名義人住所に配達されました。
(2)賃借名義人を被告としての訴訟提起
そこで、管轄裁判所に、賃借名義人を被告として、土地明渡等請求の民事訴訟を提起しました。
賃借名義人を被告とする訴訟の訴状などの副本が裁判所より賃借名義人宛に特別送達されましたが、やはり、保管期間経過で、裁判所に戻ってきたとのことで、裁判所より、被告の送達場所調査(居住調査)を命じられました。
日没前の夕刻に、被告住所地を訪問したところ、郵便受けは大量の郵便物であふれていました。訪問を告げ、ドアをノックしましたが、応答はありませんでした。
被告の住居の隣家に、被告の居住を問いましたところ、隣家の方から、「昨夏、被告宅から大量の蝿がわき、警察に通報しました。被告宅に入った警察官から、ひどく腐乱した死体であった。被告は両親を亡くしてから、一人暮らしであり、身寄りもなく、葬儀も営まれなかったようだ。」と説明を受けました。
子の聞き取りをまとめ、裁判所に、被告は死亡しているようだと報告し、相続人調査をする予定と方針を説明しました。
相続人調査をするためには、本賃借名義人が死亡していなければなりません。
しかし、死亡の事実が戸籍に反映して除籍され、また、住民票から除かれ、除票となっていなければなりません。
再度、住民票請求をしましたところ、やはり、死亡の事実が反映した除票ではなく、腐乱死体が発見された被告宅所在の「住民票」が発行されました。
そこで、これまで判明した顛末を告げて、市役所に確認しましたところ、警察署が死体を確認しているのであれば、同住宅の該当住民の本籍地の市町村役場に死亡の届があり、除籍した市町村役場から、住民票所在地市町村役場に連絡が来る。よって、本籍地市町村役場に届け出がないのであれば、臨場した管轄警察署の確認するのが適切であるとアドバイスを受けました。
(3)管轄警察署への照会
そこで、管轄の警察署宛に弁護士会照会により下記の回答を求めました。
① 家出人捜索願の受理の有無
被告には、身寄りが少ないとのことであるが、親族などにより、令和4年8月以降において、家出人として捜索願が出ている可能性があります。除籍・除票の扱いがなされていないことからも、隣家などの通報による、被告宅内の死体は被告本人ではない可能性(被告本人は存命)が否定できない。
② 死体検案書の作成の有無、開示
平成24年法律第34号「警察などが取り扱う死体の死因又は身元の調査等に関する法律」によれば、同法第4条により、警察官は、その職務に関して、死体を発見した警察官は、当該死体を取り扱うことが適当と認められる警察署の所長にその旨報告する義務を負うところ、上記の調査の結果によれば、警察官は本被告宅内で死体を発見したことが認められることから、同報告がなされたはずである。当該警察署警察官による、当該遺体に対する検死がなされるが、死体解剖保存法によれば、死因の明らかでない死体については、死体の検案が行われる。
医師法第19条2項により、検案をした医師は死体検案書の作成交付義務がある。医師の検案の結果、死体に異常があると認めたときは、24時間以内に所轄警察署に届ける義務を負う(医師法21条)。
ところで、死亡届の義務を負う者は、戸籍法87条により、同居の親族、その他の同居者、家主、地主又は家屋若しくは土地の管理人がその義務を負い、その他、それ以外に、同居の親族以外の親族、後見人、保佐人、任意後見人、任意後見受任者ができる。
同届けに際しては、死体検案書を添付するが、死体検案書が作成されたのではないかと推測されるところ、本被告については、死亡届が提出されていないことが明らかである。
つまり、被告自宅内での遺体が、被告と同一か不明であるところ、仮に、被告の家出人捜索願が出ていれば、同被告の存命であるとして、本訴訟においては、公示送達がかないます。
他方、本被告についての死体検案書が作成されているのであれば、死亡届の有無はともかく、被告の死亡が明らかとなるので、同被告の相続人を相手方としての訴訟対応を考えることになります。
これらの被告の生死・安否に関する情報は、本被告の住所地の所轄警察署からの情報収集が最適と思料されるとして、弁護士会照会を行いました。
これに対する管轄警察署からの回答は、本被告に対する家出人捜索願は受理していない、死体検案書も作成されていないというものでした。
(4)身元不明死体情報についての照会
管轄警察署警察官が現場臨場しても、その死体の腐乱が著しく、本人特定が不可能だったのかもしれないと推測しました。
警察庁のホームページには全国の身元不明死体情報が集中し、各都道府県警察本部へのリンクがあります。
埼玉県警察本部のホームページには、該当年度の身元不明死体情報が掲載されてなかったため、埼玉県警の該当箇所に弁護士会照会をかけて、本件に関連する身元不明死体情報を保有しているかを調査しました。
被告住民票所在地建物内における、身元不明死体の有無についての照会については、埼玉県警本部刑事部鑑識課長より、被告住民票所在地において、令和4年7月29日発見の、同年7月初旬ころ死亡推定時刻とされる、身元不明死体があるとの回答がありました。
その身体的特徴について、「年齢50から70歳くらい」とあり、被告の生年月日から、その年代には合致しましたが、その他の不明であり、それ以上、被告と同一人物とすることには無理がありました。
(5)被告の就業場所の調査
賃貸人地主と本被告とが交わした複数の賃貸借契約書には、当該被告の勤務先として、都内の大手企業が記載されましたが、同社本部からの回答は、住所・氏名、生年月日で特定される被告本人の在籍歴はないとの回答でした。よって、被告就業場所も不明でした。
(6)公示送達の申立て
本被告の住所、居所、そして、就業場所も判明しませんでしたので、改めて公示送達の申立てをしました。
裁判所から、事前に、これまでの調査の(進捗)結果及びその資料を踏まえると、被告に対する訴えを死者に対する訴えとして、訴え却下とすることができないとして、公示送達の申立ての要件を充足する調査をされたいと指示を受けていましたので、その調査報告とともに、同申立てを行いました。
公示送達によることとなり、期日が改めて指定されました。
本事例の結末
公示送達の事案となりました。
第1回期日には、被告本人は出頭しませんでしたので、証拠調べをして、審理は終結されました。
後日、判決が言い渡されました。
この判決を債務名義として、駐車場土地の明渡強制執行が行われ、断行執行により、当該土地の占有外来者に返還されました。
本事例に学ぶこと
賃借名義人が死亡した、賃料が支払われていない、明渡実現はどのように行うのかという相談を受けます。
相続人調査、相続人不存在の場合の、相続財産に対する訴訟提起、特別代理人選任をご説明し、そのご依頼を受けます。
弁護士にとっては、特段、労力を要するものではありません。
しかし、本事例は、賃借名義人の死亡が戸籍関係に反映しておらず、また、被告住民票所在地住所の建物内では身元不明死体が発見されていたという、極めて稀有な事例でした。
公示送達の申立てに至るまでの調査は、弁護士会照会手続きが不可欠であるため、これらの調査を活用できる、ぜひとも弁護士にご相談、ご依頼ください。