紛争の内容
共同住宅の一括借上げをして、各居室を賃貸(転貸)している不動産会社に、賃借名義人の勤務先から、名義人である従業員が出社しないとして、在室を確認してもらいたいという連絡がありました。
管理会社担当者が賃借物件に赴き、警備保障会社の方と入室すると、名義人はお亡くなりになっていました。
自死ではありませんでしたが、警察を呼び、連絡先の親族にも電話しました。
親族から、賃借名義人は多額の負債を抱えているようなので、家庭裁判所で相続放棄をすると伝えられました。
賃貸人としては、賃借物件の解約手続き、残置動産お引き取りを求め、親族に連絡しますが、相続放棄をするという親族は当然協力してくれませんでした。
そこで、本物件の明渡の依頼を受けました。

交渉・調停・訴訟などの経過
まず、死亡した入居者の、本物件所在の市町村役場に対し、本籍地の表示付き除票を交付請求しました。
そこで、本籍地の調べがつきましたので、賃借名義人の本籍地の市町村役場に、除籍謄本、改製前原戸籍謄本の交付を求めました。
名義人の出生から死亡までの戸籍関係書類が手に入りました。
賃借名義人は、独身であり、第一順位の相続人である子もいないことが判明しました。
次いで、第二順位の相続人である、名義人の直系尊属の戸籍関係と、住民票所在地を調査することになり、戸籍謄本に加え、戸籍の附票の交付も求めました。
住民票所在地が判明しましたので、同住所に宛てて、未払い賃料の支払いを求める催告の通知と、すでに相続放棄手続をとっているならば、相続放棄の申述受理通知書か相続放棄受理証明書の写しを交付願いたいと伝えました。
同通知文に同封した返信用封筒にて、相続放棄の申述受理通知書の写しが返送されました。
そこで、資料をそろえ、管轄の地方裁判所に明渡請求の訴訟を提起するとともに、被告を賃借名義人の方の相続財産法人としましたので、併せて、特別代理人選任の申立てを行いました。

訴状一式の審査をした裁判所から、相続放棄の申述受理通知書は写しではなく、相続財産法人の特別代理人選任の資料のためには、相続人の不存在を証明するために、各相続放棄申述受理通知書の原本か、その証明書の原本を提出されたいと指示を受けました。
改めて、戸籍関係を整理し、第二順位の相続人、第三順位の相続人全員が、管轄家庭裁判所で相続放棄申述の手続をとっているかを照会し、その証明書の交付を求め、準備を整えました。
これらを追加提出し、特別代理人として、受訴裁判所の管轄弁護士会に所属する弁護士が特別代理人に選任され、第1回口頭弁論期日の調整が行われました。
期日には原告代理人としての当職と、被告特別代理人の弁護士が出頭し、訴状、答弁書の各陳述が行われました。
特別代理人は、事実関係を積極的に争うものではありませんでしたので、審理は同日終結され、判決の言渡し期日が指定されました。
判決が言い渡され、明渡の強制執行のための債務名義を得ましたので、送達証明書、執行文の付与を受け、管轄地方裁判所に、明渡の強制執行を申し立て、催告期日の調整がなされました。

催告執行期日に、本現場(当事務所より、300キロ以上遠方であり、新幹線・在来線の乗り継ぎでも3時間ほどかかかる地域にあります)に臨場したところ、本件建物には、各居室ごとに、同じ敷地内ですが、物置が貸与されていたことが判明しました。
執行官より、本物置は、本債務名義では執行できないと判断され、改めて、当該物置を対象として、債務名義を取得すべく、別訴を提起することになりました。
賃貸借契約書を詳細に確認検討しましたが、同物置が賃貸借の目的物に含まれることは記載されておりませんでした。
賃貸人担当者から、重要事項説明書の特約欄に、当該物置が付属する旨の一文があるとの連絡があり、当該書類の送付を受け、確認しました。

次に、この物置を対象とする場合に、訴訟手数料を算出するために、当該物置の評価額を調べることになりました。
所在の市役所ホームページを確認すると、事業者向けに、償却資産の登録を促す案内がありましたので、念のため、本件収益物件の所有者からの委任状も得て、当該償却資産の評価証明書の取得をしました。
この証明書の使用目的について、説明する書面を添えましたので、円滑に交付を受けることができました。
これらがそろいましたので、追加の訴訟を提起し、特別代理人には前回の弁護士が再度選任され、同じく、第1回期日で審理が終結され、二週間後には判決が言い渡されました。
この判決を得て、強制執行の申立てを行い、物置内の物品は無価値として廃棄処分することとなり、物置の明渡も実現しました。

本事例の結末
賃借名義人が不慮の死を遂げると、賃借名義人の相続人が相続放棄を選択することが多くなりました。
相続人の調査、相続放棄申述受理の有無の照会、相続人不存在として、相続財産を被告として訴訟を提起し、特別代理人を選任しての手続とするには、相応の時間と、費用が掛かります。
当方の依頼者は、コンプライアンス違反を忌避しており、正規の手続きを粛々と行うよう求める方でした。
現場の状況と、契約書の記載が一致しておらず、二度手間にはなりましたが、目的は達することができました。

本事例に学ぶこと
相続人不存在の場合の、相続財産法人を相手取っての訴訟などは弁護士としては特に困難ではありません。
依頼者の現地担当者が担当を引き継いだのが、賃借名義人の死亡後であり、訴訟委任をしてからでした。
賃貸借契約書を準備していただきますが、まさか、賃貸借契約書に物置の記載がないとは気づきませんでした。
重要事項説明書に記載されていることが判明したときには、我々弁護士も、関連する資料一切としては、契約締結時の書類一式(入居申込書の類も)を預かり、点検することの重要性を再認識しました。

弁護士 榎本 誉