アパートの賃料不払いに対する実力行使について

アパートの賃料不払いがあった場合、訴訟をして、明渡しの強制執行をするのが原則です。ただ、貸主が貸室から荷物を運び出す実力行使がまったく認められないわけではありません。どのような場合に認められ、どのような場合に認められないのか考えてみました。

1 アパートなどの賃料不払いがあった場合と実力行使

1 アパートなどの賃料不払いがあった場合と実力行使

賃料不払いがあった場合、支払い催告の上、賃貸借契約を解除し、明渡し訴訟をして判決をもらったうえで、明渡しの強制執行をするというのが本来の流れです。このような法的な手続を取らずに、一方的に鍵を替えたり、荷物を搬出することは違法な実力行使として、損害賠償義務や慰謝料支払い義務が発生します(刑事的には、住居侵入罪や窃盗罪が成立します)。

2 価値がない荷物が数点あるだけの場合

2 価値がない荷物が数点あるだけの場合

それでは、明らかに価値がなく、捨てられたとしか思えないような荷物が、賃貸物件内に数点残っているだけという場合はどうでしょうか。

賃貸物件内に残された残置物はほとんど無価値であり、量も非常に少ない、借主が賃貸物件にまったく戻って来ておらず、どこにいるのかわからない、貸主と借主とのこれまでの交渉の経過からして、借主がまた戻ってくるとは考えられない、などの諸般の事情から、借主が明らかに賃貸物件を明け渡し、借主の占有が存在しないと認められ、また、残置物の所有権も放棄したと認められるようなときは、貸主は、法的手続によらずに残置物を撤去することができます。

※ 一番のポイントは、借主の占有があるかどうかです。荷物がたくさんある場合は「借主の占有はまだある」と認定され実力行使は違法になりますし、逆に、価値がなく捨てられたとしか思えない家財道具が数点あるだけという場合は、「借主の占有はない」と認定できるので実力行使も適法になります。

この場合、
■残置物の引き出しの中などに貴重品が入っていないことを確認する。
■残置物そのものと、中にあったものを写真に撮り、リストを作成する。
■1~2ヶ月程度保管する。
■借主の居場所がわかった場合は、保管しているから取りに来いという通知を出す
などのことを行ってください。

なお、借主がどこかに行ってしまい所在不明の場合でも、上記のような状況でない限り、借主の賃貸物件に対する占有は残っていますから、鍵交換、荷物の搬出をすることはやはりできません。

3 鍵交換、荷物搬出を認める特約がある場合

それでは、2のような場合を除き、賃貸借契約書の中に、鍵交換、荷物の搬出を認める特約がある場合はどうでしょうか。

結論から言うと、このような特約がある場合でも、1と同様に、損害賠償義務、慰謝料支払い義務が成立してしまいます。

たとえば、「借主が賃料の支払いを7日以上怠ったときは、貸主は、直ちに賃貸物件の施錠をすることができる。その後7日以上経過したときは、賃貸物件内にある動産を、借主の費用負担において貸主が自由に処分しても、借主は異議の申し立てをしないものとする」という特約がある場合でも、この特約は、公序良俗に反するから無効であるとして、裁判所は、借主の貸主に対する損害賠償請求を認めています。

4 賃料不払い発生後に合意をした場合

4 賃料不払い発生後に合意をした場合

上記は、賃貸借契約書の中に特約がある場合ですが、そうではなく、借主の賃料不払いが発生した後に、貸主と借主とで話し合いをし、

■ いついつまでに賃貸物件を明け渡す。

■ 明渡し期日後、借主が賃貸物件内に残置した動産類については、借主はその所有権を放棄し、貸主が自由に処分することを、借主は異議なく承諾する。

という内容の合意をして合意書を作成したという場合はどうでしょうか。

この場合でも、借主が決めたとおりに明渡しをしない場合に、鍵交換をしたり、荷物の搬出をするのは違法になります。

ここでも、一番のポイントは、借主の占有があるかどうかで、2のような状況でない以上、借主の占有はあるとなってしまいますから、その占有を侵害するような、鍵交換、荷物の搬出は違法になってしまいます。

5 鍵交換、荷物の搬出が許される場合

5 鍵交換、荷物の搬出が許される場合

それでは、どのような合意をすれば、鍵交換、荷物の搬出をすることができるのでしょうか。 問題は、借主が賃貸物件の占有をしていることであり、逆に言うと、合意の時点で、賃貸物件の占有を貸主に移せばよいということになります。

つまり、

■ 本日(合意の日)、借主は賃貸物件を貸主に明け渡す。以後、借主は、賃貸物件に立ち入ることができない。

■ 借主が賃貸物件内に残置した動産類については、借主はその所有権を放棄し、貸主が借主の費用を持って処分することを、借主は異議なく承諾する。

という合意をします。

そして、合意をしたそのときに、借主が貸主に対し、賃貸物件を実際に明け渡し(荷物などの動産類はそのままでもかまいません)、賃貸物件の占有を借主から貸主に移します。もちろん、賃貸物件の鍵も、貸主に返還します。そして、以後は、貸主が賃貸物件を管理し、借主は賃貸物件に立ち入れないような状態にします。

このようにすれば、合意の時点で、賃貸物件の占有が借主から貸主に移転しますから、以後は、鍵交換、荷物の搬出を行うことができることになります。

6 賃貸物件内への立ち入り

6 賃貸物件内への立ち入り

借主の了解なく賃貸物件に立ち入るというのも、実力行使の一種になります。2のような場合を除き、賃料不払いがあっても、賃貸物件の占有は借主にありますから、貸主といえども、賃貸物件に立ち入ることはできません。

これは賃貸借契約が解除になった場合でも同様です。 問題は、賃貸借契約が無くなったかどうかということではなく、借主の占有があるかどうかです。

ただし、単なる賃料不払いではなく、賃貸物件を管理するための必要性が客観的に認められる場合は別です。たとえば、高齢者が1人暮らしをしていて最近姿が見えず、それと同じころから賃料の振り込みが無くなったなどという場合は、中で死亡している可能性もあり得ますから、鍵を開けて中に入って確認することも許されるでしょう。

7 ガス、水道、電気などを止めることができるか

7 ガス、水道、電気などを止めることができるか

賃料(あるいはガス代、水道代、電気代など)の不払いがあったからといって、貸主が、ガス、水道、電気などを止め、実際上、賃貸物件を使えなくしてしまうのも、実力行使の一種で、このようなことを行えば、損害賠償義務、慰謝料支払い義務が発生します。

※ ガス会社、水道会社などが、ガス代、水道代の未払いを理由にして、ガス、水道などを止めるのは、法律に定めがあることですから許されます。

8 結語

8 結語

以上、実力行使には非常に多くの制約があるのですが、賃料不払いを理由とする裁判は、通常の裁判と比べて、必ず勝つことができますし、また、弁護士に依頼して、裁判、強制執行をし、明渡しを受けるまでの期間も約半年程度です。

また、弁護士費用も通常の裁判に比べて労力が少ない分、低額としている弁護士が多いはずですので、リスクを避けるためにも、まずは法的な手続きを踏むことを考えるのが安全かと思います。

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■この記事を書いた弁護士
弁護士法人グリーンリーフ法律事務所
代表・弁護士 森田 茂夫
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