アパートなどの賃貸物件で賃料不払いが発生した場合、占有移転禁止仮処分という法的な手続きをとることがあります。占有移転禁止仮処分とは何なのか、この手続きを行う意味、どのような場合にこの手続を行うのかについて考えてみました。

1 はじめに

  アパートなどの賃貸物件で賃料不払いが発生した場合、賃貸人としては、賃借人にアパートの明渡しを求めることになりますが、その場合にとるべき法的な手段としては、次の2つのパターンがあります。

 ① 占有移転禁止仮処分 ⇒ 明渡しを求める訴訟 ⇒ 明渡しの強制執行

 ② 明渡しを求める訴訟 ⇒ 明渡しの強制執行

  つまり、占有移転禁止仮処分を行ってから明渡し訴訟をするパターンと、占有移転禁止仮処分を行わないで、いきなり明渡し訴訟をするパターンの2つがあるわけです。

  今回は、占有移転禁止仮処分を行う意味について考えてみましょう。

2 占有移転禁止仮処分を行う意味

(1)仮処分の必要性

賃借人の賃料不払いを理由として貸室明渡しの訴訟を起こした場合、明渡せという判決をもらっても、その判決によって明渡しの強制執行ができるのは、賃借人とその家族(配偶者や子)に対してだけです。

 そうすると、訴訟をしている間に、賃借人とその家族以外の第三者が、貸室に入り込んでしまったという場合、賃借人に対して貸室明渡しを命じる判決が出ても、その第三者に対しては明渡しの強制執行ができず、さらに、その第三者を相手方にして、明渡し訴訟を起こさなければならないということになってしまいます

 このようなことにならないために、賃貸借物件に賃借人以外の第三者が将来居住する恐れがあるという場合は、占有移転禁止仮処分という手続をとっておくのです。

(2)具体的な手続

具体的な手続ですが、賃貸人代理人である弁護士が、裁判所に占有移転禁止仮処分を申立てると、裁判官が仮処分決定を出します(多くの場合は、弁護士が賃貸人代理人として、この手続を行います)。

仮処分決定が出ると、次に、この決定をもとにして、仮処分の執行をします。具体的には、弁護士が、仮処分決定書を裁判所の執行官に提出し、執行官と弁護士が賃借人の貸室に行きます。そして、貸室に入り、貸室の壁に、「今後、賃借人は第三者に占有を移転してはならない」という趣旨のことを書いた『公示書』を貼ります

これで、仮処分の執行は終了です。仮処分の執行というのは、要は、このような公示書を貸室の壁に貼ることを言います。

(3)公示書を貼る意味

ところで、公示書を貼り、その公示書の中に、「賃借人は第三者に占有を移転してはならない」ということが書いてあったとしても、執行官が貸室の前で見張ってわけではありませんから、現実には、仮処分執行の後でも、第三者が貸室に入り込むことは可能です。

   それでは、仮処分の執行をした意味、つまり公示書を貸室の壁に貼った意味は何なのでしょうか。

 (1)で述べたように、明渡しの訴訟をしている間に、第三者が貸室に入り込んでしまった場合、賃貸人は、さらに第三者に対しても、明渡し訴訟を起こさなければなりません。

 しかし、仮処分の執行をすると、つまり公示書を貸室の壁に貼ると、その後に、第三者が貸室に入り込んでも、賃貸人は、(賃借人に対して明渡しを命じる判決さえあれば)賃借人だけでなく第三者に対しても、明渡しの強制執行をすることができるのです。つまり、再度、第三者に対して訴訟をする必要がありません。これが占有移転禁止仮処分をする意味です。

※ この場合、「承継執行文の付与」といって、第三者に対しても強制執行ができるという執行文を裁判所から付与してもらうことは必要ですが、これは簡単に付与してもらえます。

(4)再度の仮処分

なお、以上は、仮処分を行った後に第三者が貸室に入り込んだという場合ですが、仮処分の執行に行ったら(つまり、公示書を貼りに行ったら)、すでに第三者Aが貸室に居たという場合は、まずは、賃借人に対して占有移転を禁じる公示書を貼った後に、すぐに第三者Aに対しても、占有移転禁止仮処分を申立てるということになります。

   

そして、第三者Aに対して仮処分の執行をし(第三者Aに対する公示書を貼り)、第三者Aがさらに他の第三者Bに占有を移転することができないようにします(つまり、他の第三者Bが貸室に入り込んでも、第三者Aに対する判決によって、第三者Bに対する強制執行ができる状態にします)。

3 どんな場合に仮処分申し立てるのか。

(1)仮処分を行う場合

占有移転禁止仮処分は、第三者が貸室に入り込む恐れが、ある程度予想される場合に行います。たとえば、賃借人が定職にもついていない怪しげな人物であるとか、すでに貸室には賃借人は住んでおらず、他の者が出入をしている可能性があるなどの場合です。

(2)仮処分を行わない場合

ただし、貸室明渡しの訴訟は、他の訴訟と比べてそれほど長い時間がかかる訴訟ではなく、順調に行けば、弁護士に相談してから、明渡しの強制執行をして建物が空になるまで4~5ヶ月程度の期間です。

したがって、3(1)のように、第三者が後に居住する可能性がある程度考えられる、あるいはすでに第三者が居住している可能性がある程度考えられる、という場合は占有移転禁止仮処分をすべきですが、そうでない場合(たとえば、賃借人は普通のサラリーマンだが、たまたまリストラにあったため賃料不払いが始まったというような場合。このような場合は、第三者が貸室に入り込む可能性はまずありません)は、あえて占有移転禁止仮処分をせずに、いきなり明渡しの訴訟をしてもよいでしょう

そして、万一、明渡しの強制執行の段階になって、第三者が貸室に入り込んでいることが判明した場合は、その第三者に対して、明渡し訴訟をすればいいではないかと思います。

なぜなら、すでに述べたように、明渡し訴訟、それに続く明渡しの強制執行というのは、それほど長い時間がかかる手続ではありませんし、また、占有移転禁止仮処分をするためにも、1ヶ月程度の時間と費用がかかるのですから、上記のサラリーマンの場合のように、万一の場合に備えてまで、占有移転禁止仮処分をすることはないと考えられるからです。

4 最後に

  賃料不払いが発生し、法的な手続をとろうとすれば、占有移転禁止仮処分をするのかどうかを弁護士と相談して決めることになります。その場合に、上記のようなことを頭に入れておくと、弁護士との打ち合わせもスムーズにいくと思います。

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■この記事を書いた弁護士

弁護士法人グリーンリーフ法律事務所
代表・弁護士 森田 茂夫

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