紛争の内容
賃借名義人の親族がスーパーマーケットの駐車場内の車両内で死亡しているのが発見されたことから、警察がその親族と連絡を取ろうとしたが、取れなかったとのことで、賃貸人会社の担当者が住所である賃借物件への入室立会いを求められました。
貸室に入室すると、同室内で賃借名義人が自死していたとのことです。
駐車場におかれた車両内で死亡していたのは子であり、貸室内で自死していたのはその実母でした。
このような賃借物件に対して、どのような手続きで対応すればよいかを相談されました。
賃料の未払いは発生しておりませんでしたので、賃借人死亡による、賃借人の地位を相続した相続人の調査をし、判明した相続人に対し、本件貸室の賃貸借契約の合意解約をし、本件貸室の明渡を受けたいとの希望でした。
相続人調査に手間取った場合には、相当額の未払い賃料も発生する可能性があり、相続人がおらず、また、相続人全員が相続放棄をした場合には、相続人不存在として、賃借名義人の相続財産を被告として、訴訟提起し、訴訟追行のために、特別代理人の選任を求め、債務名義を得て、強制執行となると見立を説明しました。
交渉・調停・訴訟などの経過
(1)本籍地住民票(除票)の交付請求による相続人の調査
依頼を受けて、賃借名義人の住民票所在地に、相続人調査のために、本籍地の表示付きの住民票(除票)を請求しました。
世帯全員の住民票(除票)の開示を求めたところ、賃借名義人と同居する子も死亡していることが記載されていました。
(2)賃借名義人の子の死亡後に、賃借名義人が死亡していることが判明
賃借名義人とその子が死亡しているとの情報でしたが、その死亡の先後関係が気になりました。
死亡推定時刻が同時刻である場合には、民法32条の2により「同時死亡の推定」が働きます。
この規定は、数人が死亡し、その死亡時期の先後が分明でないことが要件とされます。
同一の危難である必要はないことから、本件のように、子は駐車場の車内で死亡し、実母は賃借室内で自死している異なる土地で別々の危難により死亡した場合でもよいとされています。
また、一方の死亡時刻が分明であっても、他方が不分明であって、その死亡の先後(前後)が定まらない場合でもよいとされます。
開示された資料を確認しますと、子は実母の死亡の11時間前に死亡したと推定されました。
これにより、賃借名義人である実母の法定相続人である子が先に死亡していることから、代襲相続人の有無が問題となりました。
(3)第1順位の相続人の不存在
子には実子も養子もいないことが判明しましたので、賃借名義人には、第一順位の相続人はいないことが判明しました。
また、賃借名義人には配偶者もおりませんでした。
(4)第2順位の相続人として養母の存在
そこで、第2順位の相続人として、直系尊属の有無を調査しました。
戸籍関係を追跡し、調査しましたところ、賃借名義人の実父母はすでにお亡くなりになっていました。
しかし、実親の姉妹の関係にある方と養親縁組をした養母が存命であることが判明しました。
養母は高齢であり、養子である本賃借名義人の死亡による、賃借人の地位の相続などを理解していただけるか気がかりでした。
この養母には、二人の養子がおり、養母の住所の近所にお住まいであり、おそらく、養母の世話を見ている方だろうと推測しました。
(5)本件賃貸借の合意解約の提案
この段階で、賃借名義人死亡から6カ月ほどを経過しており、滞納賃料も6か月分発生していました。
賃貸人の意向を再確認しましたところ、滞納賃料などの債権回収よりも、本件貸室の早期明渡実現を優先したいとのことでした。
そこで、養母の方に、賃借名義人である養子の方の死亡を知らせ、養子の実子の方は先に亡くなり、実姉には子もなかったことから第1順位相続人はおらず、調査の結果、養母の方が第2順位の相続人であること、しかし、本件貸室を利用する必要性はないと思われることから、賃借人の地位を相続した方として、本件賃貸借を合意解約していただきたいと提案しました。
合意解約に応じていただき、鍵を保管している場合には返還していただきたいこと、貸室内に残置されている動産について不要であれば、その所有権を放棄し、賃貸人側での処分を了承していただきたいこと、この合意を形成できた場合には、未払い賃料の請求や処分費用などの請求は行わないので、ぜひとも合意解約などの書面の取り交わしをお願いしたいこと、そして、この合意書は、養母の世話をしている養子の方を代理人として、対応することも可能である旨、ご連絡しました。
本事例の結末
賃借人の相続人の方から、合意書と、残置動産の所有権放棄と処分についての同意書を返送いただきました。
鍵は預かっていない旨が添えられておりました。
この合意書に基づき、賃貸人は、本件建物の明渡を受け、残置動産を処分しました。
本事例に学ぶこと
賃借物件で、賃借人が自死した事案です。いわゆる事故物件となり、賃貸人は口径の賃借希望者に対しては、心理的瑕疵ある物件として対応することになります。
賃貸人から依頼を受けた代理人弁護士としては、賃借人の相続人を調査し、判明した相続人に、未払い賃料のみならず、事故物件としての損害賠償請求をすると、相続放棄の手続をとることが多く、第三順位の相続人まで追跡し、その熟慮期間の経過ないし相続放棄によって、相続人不存在として、訴訟を提起することがあります。
これでは、物件の早期の明渡実現は困難となります。
今回の賃借人は、それよりも、早期の賃貸再開を希望されました。
このような解決も検討に値すると考えます。
ぜひとも弁護士にご相談、ご依頼ください。